Profile

祐志@拳王

1,970年9月1日 生まれ

大阪市在住

総合建設会社勤務 一級建築士

Office il-sole 代表

大阪生まれ、栃木県宇都宮市育ち。

言葉を覚える前に栃木県に引越したため、見事な栃木弁で小学校6年生まで暮らしました。

地平線まで田んぼの広々とした農村部で、用水路でザリガニ取り、フナ釣り、鬼怒川で泳ぐなど、都会では難しい遊びをたくさん経験。

今思うと、とても良い少年時代を過ごしました。

6年生の三学期、両親の仕事都合で大阪へ引越し。
卒業証書は2か月しか通っていない学校です。まあ、いいでしょう。

そのまま市立中学校へ入学。淀川沿いの広い学校で気にいってたのですが、2度の転校を経験。
クラブ活動を継続できなかったことが心残りです。
この頃から物作りが好きで、「技術工作」の授業が最も得意。
ラジオやラジコンを基盤から作ったりする、オタク素質満々の生徒。

普通科目が苦手だったこともあり、当然のように工業高校を目指します。

大阪府立の工業高校機械科へ入学。
旋盤、フライス盤など機械加工も学べる学科で、かなりのんびりした学校。
専門科目は実技・机上共に大得意で、このときに学んだ設計、構造力学は建築士として仕事をする上で大事な基礎になっています。

クラブ活動は山岳部に所属。人気がなく少人数だったこともあり、部長まで務めます。
日本アルプス、北アルプスを中心に毎年登山しました。
冬は苦手だったので夏ばかりでしたが(笑)。

当時、バブル絶頂だったこともあり、就職先には困ることがなく、とても楽しい高校生活を送りました。

平成元年、卒業。大阪の油圧シリンダーメーカーへ就職。
国内シェアのほとんどを独占するメーカーのため、穏やかに過ごすことができました。

が、父親が建築職人で人手を欲しがっていたことと破格の給料提示もあり、1年も経たずあっさり退社。
建築職人としてデビューします。

この頃、ドラムにハマり毎日4~6時間練習。
数々のライブハウスで週1~2回演奏。髪の毛を腰まで伸ばし、ハードロッカーを気取ってました。

平成10年、バブルの崩壊後の煽りを受け仕事の激減した建築職人に見切をつけ、建設会社に就職するため2級建築士、1級建築施工管理技士資格を受験。

両方を合格し、地元の工務店へ就職。
官公庁発注の仕事が大半だったのでかなり大変な仕事だったが、給料は一向に上がらず、経験を積むためと思いひたすら働く。

私生活ではドラムを辞め、バイオリンに転向。

懲り性で、レッスンに通い毎日練習し、2年後にはアマチュアオーケストラへ入団。
年に1回の定期演奏会はなんと、いずみホール。
その他クリスマスシーズンに行う病院ロビーコンサートなど3年に渡り第2バイオリンパートとして演奏。

すっかりハードロッカーの面影はなくなりました。

平成18年、一向に上がらない給料、ハードな職場の将来性に不安を感じ退社。

その後ビルメンテナンスが主の総合建設会社に転職。

同じ年に1級建築士となりました。

業務の傍ら、1級土木施工管理技士、1級管工事施工管理技士、建築物環境衛生 管理技術者を次々取得するが、一向に取得に反映されないことに憤りを感じ、情報ビジネスに参入。

平成23年、かねてからの念願であった1級建築士事務所「Office il sole」を立ち上げる。

本業のサラリーマンを辞めるつもりはありません。

現在は業務の傍ら、1級建築施工管理技士資格取得のための講師を務めています。

情報起業後、あるコンサルサービスのモニターを努め、50日足らずで100万円を超える報酬を上げ、講師から付けられた仇名が
「世紀末覇者・拳王」
以来、「祐志@拳王」を名乗っています。

↓報酬の証拠画像はこちら↓
http://il-sole.org/npgf

また、初めてのプロジェクトで「神アフィリエイト」テッセン様インタビュー企画を成功させます。

今後もマーク・ジョイナーの例に習い、インタビュー企画を続けていきたいと考えています。

次は、あなたにインタビューオファーが届くかも!?

「時間対効果」にフォーカスした企画・行動を常に心がけ、ビジネスである以上投資も惜しみません。

『いかなる富・名声も、友がいなければ楽しい所有ではない』

特に中年サラリーマンは仲間と思っています。

「il sole」とはイタリア語で「太陽」の意味。

あの太陽のように、強く、優しく、美しくありたいという願いが込められています。

 

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